パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

ムーンライト / ペーパームーン

ムーンライト (ガッシュ文庫)

ムーンライト (ガッシュ文庫)

内科医×記憶喪失の心臓病患者。
こんなにコテコテな設定でも、安易なお涙頂戴におとしこんでしまわないのが巨匠・剛しいらの手腕。
心臓病という時限爆弾を抱えて生きる浩之と、彼の主治医でありパートナーである一樹が、ささいな、しかし、彼らにとっては重大な出来事に迷い悩みながら寄り添う姿を通して、「限りある命」と向き合って生きる切実さと烈しさを、淡々と描いている。
満ちては欠ける月に、死んでは生まれる生命の連鎖がなぞらえられる。
子をなすことのない男同士の関係では見過ごされがちだけど、命は繋がっていて、人間という種は絶えず生きては死んでを繰り返す。私たちの命は、その大きな流れにひと時またたくだけの儚い存在だ。しかし一瞬の明滅に過ぎずとも、同じ人生はいっことしてない。
消えてゆくものがあるからこそ、新たなものが生まれくる。終わりがあるからこそ、たった一度の命は輝く。
生命の無常、それゆえの尊さ。
持病ゆえに満足にセックスさせてあげられない…だなんてBLらしいのろけ話に、こうした深いテーマをさらっと織り込まれてくるあたりに作家の円熟を感じる。

傍らには一樹がいて、ゴロもいる。
行くところもあれば、帰る場所もある。
これ以上望むことがあるとしたら、たったひとつだけだ。
一日でも長く生きられたらいい。最高に贅沢な望みかもしれないが、浩之にとってはそれだけが願いだった。