パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

花芽と狼

花芽と狼 (Holly NOVELS)

花芽と狼 (Holly NOVELS)

天桃山綺譚、その一。
平安末期の山寺を舞台にした、BL版仏教説話シリーズ。
山全体が瑞調寺という名の小都市になっている天桃山。そのなかにある珠王院には、見目麗しく徳の高い冬弦と呼ばれる阿闇梨がいた。ある日、修行時代の知己である聖が、冬弦のもとにひとりの孤児を連れてきた。不遇な生い立ちを哀れに思った冬弦は、その子に「瑠璃若」と名づけ、稚児にすることに。ところが、瑠璃若にはひとに見えないものを見る力があったのだ。
様々な登場人物の昔語りや、瑞調寺で起こる摩訶不思議な出来事を題材にした短編が連なって、ひとつの物語になっている。「あはれ」な話や「をかし」な話、そして「恐ろしき」話まで多種多様なおはなしをつめあわせた世界観は、さながら「今昔物語」か、「宇治拾遺物語」かというところ。
「花芽と狼」では、冬弦の旧友である、豪胆な破戒僧・慈徳坊のお話が心に残った。
高野山山中で、西行法師がつくった「子どものなりをした化け物」と出くわした慈徳坊。見た目は同じ人間でも、中身はけだもの同然。情けは無用とばかりに置き去りにしようとするものの、なぜか子どもは慈徳に懐いてどこまでもついてくる。
やがて慈徳にも情が湧き、子どもを連れて山を下りる決心をするのだが、ある決定的な出来事によって、慈徳はこの子どもとともに生きることは出来ぬことを思い知らされる。
心を持たぬ化け物と化け物に心を与えた男の、かなしくも残酷な物語。