パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

花扇

花扇

花扇

年を重ねるうち、泣くことと笑うことはひとつの同じことになってゆくのかもしれない。
初助師匠のたったひとつの静かで烈しい恋に、そんな風ことを思ったりした。
哀しみに笑い、幸せに涙する。大人になるということはたしかに、しがらみに囚われ欲に汚れ、鈍くなっていくことかもしれない。けれど、そうした人間の弱い部分を知って、人も愛も深くなっていくのだろう。
愛する人の死は、その人を大切に想う者にとっては世界の終わりにも等しい出来事だが、悠久の時の流れのなかでは季節が夏から秋へとうつろうことと大差ない。生まれては死に、また生まれる。ながいながい繰り返し。
たとえ死んでしまっても、愛した記憶は残された者のなかに生き続ける。初助師匠の噺も、語り部を亡くしてなお、彼の芸を愛した人々の中に残ってゆく。
そう思うと、人の命の長さというものは必ずしも、生きている時間の長さではない気がしてくる。
年をとることの重みについて思いめぐらせながら読了した。