パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

is in you

is in you (幻冬舎ルチル文庫)

is in you (幻冬舎ルチル文庫)

スピンオフである「off you go」から読んだので順序が逆になってしまったのだけど、これはこれでよかったかも。密、香港でフラれる編。
高校の先輩・後輩として出会い、想い合っていたのにすれ違ってしまった圭輔と一束。十年後、新聞社の支局長と現地コーディネーターとして再会したふたりは、傷つけ合った過去に戸惑いながらも、時を経てなお変わらぬ相手に恋をしてゆく。
これまで読んだ作者の小説のなかでも、とびきりストレートな恋愛小説だった。本気だせば100点とれるけど、書きたいものを書くために70点程度に抑えていた作者が、BLとしての「満点」をとりにいった本のような気すらする。
人気のない旧校舎でゆっくり互いの距離を縮めてゆく高校時代も、混沌としたエネルギーに満ちた異国の地で紡がれる再会編も、それぞれに濃密な空気感ある「夏物語」に仕上がっている。
圭輔も一束も根がまっすぐで一途で、読んでいて応援したくなるキャラクター。それだけに、当て馬・密がえらく異彩を放っている。まるでブラックホールみたいな、引きずり込まれそうに深い闇。
一穂さんの小説って、ちょい役の脇キャラがえらく重い過去を背負っていたりする。
「藍より甘く」のマスターとか、「off you go」の雪絵さんとか。彼らについて多くが語られることはない。ただ、小説のなかでは脇役でしかない彼らにも、彼ら自身が主人公となる物語があるのだということだけ、ひしひしと思い知らされる。現実の人生そのもののだ。幾多のハローとグッバイを積み上げても、互いの人生を分かち合える相手なんてほんの一握りに過ぎない。ほとんどの人とは、ただすれ違って別れてゆく。
だからこそ、途方もない繰り返しのなかで「たったひとり」と出会えたことが、まるで奇跡みたいに思えるんだろう。