パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

街の灯ひとつ

街の灯ひとつ (幻冬舎ルチル文庫)

街の灯ひとつ (幻冬舎ルチル文庫)

舞台である研究都市で学生時代を過ごしたもので、えらく懐かしかった。
友人がいるのでいまだにちょくちょくでかけているのだけど、都心へのライフラインである私鉄の描写なんてじつに的を得てる。東京の片喰のところへ、初鹿野がでかけてゆく場面。残業で約束の時間に大幅に遅れてしまった初鹿野が、まず気にかけたのが下り電車の終電。そうなんだよ、この路線えらい終電が早いんだよね。東京の電車はまだまだ走っている時間に終わっちゃうから、気をつけていないと帰れなくなる。私が学生時代にはまだ計画段階でしたが、つくばエキスプレス
どんな題材を選ぼうと、実際に経験しないことには到底書けそうにない「実感」を文章にこめることができる。それが一穂ミチの才能であり、作家性なのだろう。
物語の舞台なんて、わざわざ実在の都市に限定しなくたっていいのだ。「東京近郊の研究都市」とぼかしてしまえば、厳密な下調べも必要なくなる。それをあえて曖昧にしてしまわないのは、リアリティや同時代性へのこだわりがあるからなのではないかと思う。
彼女の小説はいつも「ここではないどこか」の物語であると同時に、濃厚な「いま、ここ」の空気を纏っている。