パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

混色メランコリック

地味で目立たない美術部員の宮下は、自分の絵をキレイだといってくれた陸上部のエース・西村に恋をした。
ひたかくしにした気持ちをキャンバスにぶつけていた宮下だが、思わぬかたちで西村にそれがバレてしまう。
友人への恋心をうしろめたく思い、相手を求める欲望を汚いものだと恥じいる。そう感じてしまう気持ちがあること自体が、潔癖さの証だ。なにも汚れてなんかいないよと、いい大人になってしまった読者にはふたりの純粋さがまぶしく思える。
受け攻めというよりも、あくまで男の子同士なふたりの対等な関係性がいい。

ほかに潔癖症の友人に振り回される世話焼き幼なじみの受難を描いたコメディ「無菌ルームへようこそ」や、女装男子と三十路のサラリーマンの恋愛前夜を切り取る「日なたに愛を打ち鳴らせ」など、バラエティ豊かな短編集。
手堅いけれどやや個性に欠けるかという作品のなかで、「日なたに〜」のリーマンの心理描写に光るものを感じた。

18の頃はなにかになろうと焦っていた気がする
20代はただがむしゃらには働いて
もうすぐ30 求めるのは平和と安定
だから 絶対に危ない橋は渡らない


手に入るものだけを望むようになったのはいつからか。漠然とした未来への期待は手の中から滑り落ち、日々の暮らしに追い立てられてささやかな変化すら億劫になっていく。
生活者としての実感がこもったモノローグに、深く肯いてしまった。

平凡な毎日に満足するべきとわかっていても、「危ない橋」の先にあるものを知りたくなる。
感情だけじゃ踏み出せない大人のリアルにぐっとくる。