パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

六月の丘のひなげし

ひなげしの咲く丘といえば、モネの代表作「アルジャントゥイユのひなげし」が浮かぶ。この漫画の舞台もフランスなので、おそらくこの絵からイメージをもらったんだと思います。
スケッチ旅行で祖父母の故郷であるフランスに訪れたアメリカ人画学生のルイスは、うつくしい青年アントワーヌと出会う。絵を描き始めると周りが見えなくなってしまう朴念仁のルイスのことを、アントワーヌは「嫌いじゃない」といってくれた。逢瀬のたびにふたりは距離を縮めるが、アントワーヌは突然ルイスの前から姿を消してしまった。
時を経てひとかどの画家となったルイスは、画商に連れて行かれた高級フレンチでアントワーヌと再会する。ところが、レストランオーナーとなったアントワーヌは「俺の趣味は人の心を弄ぶこと」とルイスの純情を切り捨てた。
客からもらった花束を「枯れるところを見たくないから」とあっさり捨てたり、じつは長年パトロンの愛人がいたりと、勝手気ままに生きているようにみえるアントワーヌだが、ラストに明かされる過去のエピソードによって彼がただの「よるべのない子ども」だったことがわかる。
愛人・ジャン=ロジェとの最後のやりとりが泣かせるなあ。
て同じひとりの人間の影を互いに映しこんで、慰めあってきたふたり。恋じゃなくても、アントワーヌにとってジャン=ロジェはかけがえない存在だった。そして、ジャン=ロジェにとっても。だからアントワーヌは心のままに生きることなんてできなかった。抑えきれない恋心を、皮肉で塗り固めた言葉に紛れ込ませるのが、彼の精一杯の純情だったのだ。
深井さんはキャラクターのバックグラウンドに手を抜かないので、ベタなメロドラマ展開でも、その人の人生がぐっと迫ってくるポイントがある。
ふたりがかわす言葉のひとつひとつに、「正しい」とか「間違っていた」という単純な二択では到底言い表せない、ともに過ごした時間の長さが込められていた。
「氷の花」を溶かすルイスのプロポーズもおフランスらしく熱烈で、最後までよくできたロマンスコミック。