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パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

燃ゆる頬

堀辰雄の名作文学を小野塚カホリがコミカライズ。
男子校の寄宿舎で暮らす「僕」は、脊椎カリエスを患う一つ年上の転室生・三枝が先輩の魚住と睦みあうところを目撃してしまう。以来、うつくしい三枝を意識してしまうようになった「僕」は、三枝に導かれはじめて知る衝動に身をまかせてゆく。
寄宿舎を「蜜蜂の巣」と例える表現がうつくしい。まだ何者でもない未熟な若者たちが、等しく詰め込まれた小部屋。
幼い恋は脆くはかなく、永遠の愛には変わらない。メタモルフォーゼを繰り返し成長する少年たちは、いつかこの輝かしい青春の日々すら「過去」として脱ぎ捨ててしまうだろう。「僕」自身もまたまぶしい生を謳歌するなかで病床の三枝を忘れていった。
自分の死を意識するようになり、「僕」は三枝のことを思いかえすのだが、ただ「すべては過ぎ去ってしまったこと」というとりかえしのつかない虚無感だけが胸を灼く。時間の不可逆性や有限の命といった不条理も、まぶしいほどに鮮やかな5月の自然に等しい「生の営み」の一部。
愛が世界を救ったりしない諸行無常の世界観は、さすが日本文学だなあと思ったり。原作も読んでみたいな。