パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

君子蘭

君子蘭 (ビーボーイノベルズ)

君子蘭 (ビーボーイノベルズ)

明治のおわり。地方の織物屋の末息子であった小野沢智和は、東京の老舗茶屋・南条家で書生をしながら、一高へ通うこととなる。智和が仕えることとなったのは、家の誰にも似ていない怜悧な美貌の三男坊・貴臣だった。家族すらも寄せつけず、憑かれたように勉学に没頭する貴臣の烈しい性格に圧倒されながらも、やがて智和は貴臣の孤高な魂と不器用な優しさに心酔してゆく。
この時代の若者の「学びたい」という想いは、ほとんどの人間が大学を出る時代に生きる私たちには想像できないほどに熱烈なものだったんだろう。頬を染める恋心とはまたべつの、手の届かぬものへの痛烈な「憧れ」が刻まれている。
あとがきに、戦前の旧制高校を舞台にした文豪小説を読みあさったすえ、好きが高じて書いた作品、というような解説がついているのだけど、文章にもストーリーにも色濃くその影響がうかがえる。BLの匂いはほとんどなく、むしろサナトリウム文学という感じ。
リブレの元祖にあたる青磁ビブロスから出た本なので、ボーイズラブ黎明期の一冊。
BL初期の作品ってほんとうになんでもありというか、ストイックなプラトニックラブもあれば、「なんじゃこりゃ!」と吹き出してしまうトンキワ作まで、なにが飛び出すかわからない無法地帯っぷり。いまとなっては商業じゃ出せないだろう、と読者ですら思うほど個性的な作品ばかりである。
玉石混交だけど、強烈な初期衝動がこもった本ばかりでおもしろい。