パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

同人誌1冊

Special Sweets

和泉桂や木原音瀬遠野春日ら16名の有名BL小説家が集った豪華な合同同人誌。
いちおうお題なるものはあるのだけど、「スイーツ」「乳首」「自由課題」というゆるさなので、それぞれの好きなものを好きなだけ!という趣の一冊に仕上がっている。私のお目当ては、榎田尤利が投稿時代に書いたというお蔵出し作品。


正体を隠して200年の時を生きてきた吸血鬼の少年・ミチに、友だちができた。クラスの問題児である中原くんは、規則や常識にとらわれない。異端者であるミチのことも認めてくれた。はじめてできた友だちにミチはみるみる夢中になっていく。
と、ここまではまるで、孤独な吸血鬼と不良少年の学園小説のよう。
初期作ということもあって、最近の作品とはだいぶ切り口がちがうな、と感じた。男同士の過剰な友情を描きながらも、BLっぽい雰囲気がほとんどないのだ。主人公ふたりには受け攻めの別もないし、恋愛要素もほとんどない。ただ、彼らの間に特別なつながりがあるのは感じられる。
榎田さんもずいぶんかわいいお話を書いてたんだな〜なんて思っていたら、後半から物語は思わぬ展開を見せる。いや、むしろここからがJuneとしての「本領発揮」というべきか。
自らを吸血鬼だと語っていた少年ミチは、じつは自己暗示にかかっていたにすぎなかった。そして、友だちだったはずの中原にそそのかされ、罪を犯してしまう。
青春学園小説が一転して、凄惨なホラーの世界へ。しかしこの衝撃の展開を、単にセンセーショナルなだけのトンデモ話に終わらせてしまわないのが榎田尤利
なぜ中原はミチをそそのかしたのか。そして、なぜミチは堕ちてしまったのか。
ふたりの少年の過去が明かされると同時に、物語は生きることの不条理へと鋭く切り込んでいく。

不幸はいつも理不尽にふりかかってくる。
理由づけはなにもない。善人も悪人も不幸になる時にはなる。それは努力では回避できない。世界中のどこへ逃げても追ってくる雨のように、不幸は無差別に降り注ぐ。そこから逃げる術はふたつしかない。
死と狂気だ。

この物語の少年たちは、なすすべなくタナトスにからめとられてしまうのだが、そこに悲劇への過剰な陶酔はない。ただ、生きることの不条理と、どうやったって心をひとつに重ねあうことはできないという事実だけが静謐に描かれている。
魚住も芽吹きもこの死への誘惑、タナトスと対峙し、戦ってきた。
自分がたしかに存在している、生きているという実感は自分ひとりでは得られない。
呼びかければ応えてくれる、触れあってぬくもりをわけあえる、そういう他者の存在があってはじめて感じとることができる。「わかりあえない」という絶望は、「わかりあいたい」という希望への入り口でもある。
いまも続く戦いのはじまりが、この習作にもたしかに刻み込まれているのを知って、やっぱりこの人は作家だなと、たったひとつのことを伝えるために書き続けていく人だということをあらためて確信した。