パン屑の道しるべ

読み散らかした本をたどって

月に笑う 上・下

月に笑う〈上〉 (ビーボーイノベルズ)

月に笑う〈上〉 (ビーボーイノベルズ)

月に笑う〈下〉 (ビーボーイノベルズ)

月に笑う〈下〉 (ビーボーイノベルズ)

「死にたくて、死んだんじゃない。あんたみたいな大人がいる限り、何人も子供が死ぬよ」
上巻で、路彦が田渕刑事に啖呵をきるシーン。何度読んでもはげしく揺さぶられる思いがする。
飢えることも凍えることもなく、欲しいものが買える何一つ不自由のない暮らしをしていても、心が死ぬことはあるのだ。
下ネタ連発のチンピラといじめられっこのモヤシ少年の、コントみたいなロードムービーで笑わせておいて、思わぬところから鋭く心に切り込んでくる。これだから木原音瀬は油断できない。
いつ何時も「信二さん至上主義」な路彦のうぶな恋心が、だんだんとおそろしくなってくるところが醍醐味。退路を絶った状況で「ひとりで死ぬか」「いっしょに生きるか」の選択を迫るところなんて、冷静に考えたらホラーだよ、これ。
誰かを自分のものにしたい、という叶わぬ願いは、ときにひとを修羅に変える。
愛することの美しさと、奪ってでも手に入れたがる欲望の醜さ。そのふたつをうまく調和させるのではなく、交じり合わぬまま同居させているところに、いつも圧倒される。